私はNiftyの古株会員。その昔、パソコン通信の時代から、同社とのお付き合いを続けている。そこにもホームページ掲載サービスがあり、2004年からブログなるものにチャレンジしていました。時々タイムスリップしながら、当時の投稿日時で記事を若干の推敲も加えながら、リバイバルしてみようと思います。
では、その皮切り初回の記事から行ってみましょう。お題がなんでこうなのか、も味わってくださいませ、
「平成ブルーグラス」
インターネットが、これほど馴染み深いものになって以来、もう10年近くはたつだろうか? ヒマにあかしては、キーボードに向かい、あれやこれやと、ネットの海をさまよいつつ、なんだかあっという間に時間を過ごしてきた。
私は、少しばかり、風変わりな生き方をした、とはいえ、外見上では普通の会社員として、世の中からはみなしてもらっている。ただし、やはりどこかで、なんとなく風変わりな毎日を送っているような気もする。ブログのことも、実は昨年の早いうちから、仕事を通じた情報として、耳にはしていた。
実際、自分でも、友人とともに起こした小さなサイトに、ブログを設置したりもした。ただ、やはりそれは仕事の延長線上のもの。自由な意見を書きたくても、何かにつけて制限されてしまう。44年も生きていると、日常に垣間見る様々な光景や、電車の中で聞きたくなくても聞こえてくる人々の雑談、そして最近では、頼みもしないのにどんどんやってくるジャンクメール、、、いろいろなこと、情報にまみれる日々を過ごしていることを実感する。
ときには苦笑し、ときにはもらい泣きもし、あるときはスケベ心が出たりなど、ほんとに刺激的な毎日だ。おそらく、こういう日記調、エッセイ調サイトを立ち上げたときには、あの徒然草の冒頭のフレーズが、ふっと思い浮かぶだろう。私も、もちろん、その典型的なひとりだ。ただ、まぁせっかく、(誰に見ていただくかわからないような)稀有な機会を得たわけだから、せめて、もうすこし、特徴のあるタイトルを考えなくちゃ、というわけで、ひねり出したのが、、「平成ブルーグラス」という名前だ。なんとなく、なんとなくわかってくだされば、
それでいい。「平成徒然草」だとあまりにベタすぎるから。学生時代にブルーグラスミュージックのバンドにいたことがある。だから、その「なんとなくさ」加減と、あの徒然草の「つれづれなるまま」加減が、私の中では上手い具合にバランスが取れた。
もちろん、ついでに、ブルーグラスファンの方にもなんとなく、うなずいていただければなどと思う。平成ブルーグラス、、、はっきりいって、痛烈な風刺だったり、日頃は押さえ込んで言わないことを、このブログ上では伸び伸びと書き連ねることとする。適当に読み流して、暇つぶしにしていただければそれで良い。もちろん、誰とも論争するつもりはない、しかし自分の発言には大人としての良識と品格はわきまえたいと思う。


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