
令和3年、こんなに激しい展開になるなどと、予想すらしていなかった。たしかに、昨年還暦を迎え、世の中はコロナ禍ということもあり、こんな初老が新たな職場を探しても、なかなか機会に恵まれず、焦りながら昨秋から年末を過ごしていた。しかし幸いにも、ことしの1月から、これまでには経験したことのない、航空会社でのディスパッチャー(運航管理)の求人があり、フルタイムパートという雇用条件だったが、なんとか滑り込ませていただけた。そこからは、見るもの聴くもの、ほんとうに初めてのことばかり。航空特殊無線技士の免許取得もあったりして、慣れないながらも、すこしずつ業務に順応できるようになってきた。ただ、環境がかなりかわったり、冬場の北海道に長期の出張があったりと、これがのちに響いてきたのかなとも思う。そして、この猛暑がつづく、8月の初旬、勤め先から帰宅した私は、かなり、疲労困憊状態で、シャワーを浴びたあと、意識が昏倒し、救急車で病院搬送となってしまった。
なんでも血糖値が異常に跳ね上がったようで、測定不能状態だったという、病院到着するなり、集中治療室に入れられて、家族は医師から「最悪のことも、覚悟してください」とまで言われたという。ただ、病院のみなさまのご尽力で意識も回復した。結局は2型糖尿病を発症したことになり、それから3週間弱、糖尿病の対処について教育入院となった。入院中はインシュリン注射を自らすることもあったが、すい臓のポテンシャルが予想以上に大丈夫だったこともあり、退院後は薬の服用と食事療法、運動療法での体調管理をコツコツと実施していくこととなった。今日現在も夕食後は妻とウォーキングを続けている。翌朝の体重チェックにも、日々の成果が現れており、なんだか病気をきっかけに、むしろ充実した時間を健康管理に割くことができている。皮肉なものだが、友人たちから、「一病息災」というありがたいご忠告をいただいた。まさにその通りだ。
今年は初孫も生まれたので、実はこれがまた、私にとって「励み」のよきお薬にもなっている。もう少し一緒に遊びたいから、じいちゃん、踏ん張るわ。